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活動実績

2018年 11月10日 「雛の会」&「一歩&いっぽ」研修会

 演題「不登校児童・生徒の学校復帰を考える」

体験談 掲載について

 研修会で体験談を発表してくださった保護者の方は、「一歩&いっぽ」の皆さんに支えられながら、リブ心理教育研究所で再登校指導を受けました。子どもさんが再登校後は会のメンバーとして、ご自身の体験を基に 多くの保護者の方々を支えて下さっています。この度「一歩&いっぽ」の活動内容をお知らせする目的で、保護者の方の了解を得て体験談を掲載いたしました。

●保護者の体験談

 今から13年前のことです。 娘A子は小学校5年の冬休み明け、3学期が始まってから登校を渋るようになり、「何かおかしい」「いつもと違う」感があり、ついに2月の始めのある日から、学校に行かれなくなりました。 数日間、私は学校に行かせようと、叫んだり引っぱったりしましたが、更に必死に布団にしがみつく子どもを見て、「あ・・、これは本当に学校に行きたくないんだ。」「行かれないんだ。」と悟りました。 「どうしよう?!」「これは大変なことになった!!」と、この初めて経験する状況に大きく戸惑いました。

 「どうしてこうなったのか?!」そして「一体どうしたらいいのか?!」本人に尋ねても答えは得られず、頼みの担任の先生も、保健室の先生もお手上げ状態でした。 こんな時、誰に相談したらよいのかわからず途方に暮れたのを覚えています。 その日から、担任から3学期末まで毎日放課後電話がありました。 「どんな様子ですか?」「困ったことがあったら何でもおっしゃって下さい。」と尋ねて下さるのですが、私が子どもの様子を話したらそれで終わり。 きっと担任もどうしたらよいか分からなかったのでしょう。

 私にとって、毎日学校に欠席連絡をするのもしんどいことでしたが、毎日の担任からのお電話も負担でした。 そして、担任からはただの一度も「Aちゃんの声が聞きたいので、かわってください。」とも「顔を見に行きます。」とも言われませんでした。それが私には不思議でしかたなく理解できませんでした。

子どもが不登校で家にじっといる、元気がでない、ということは、常に私の心に重くのしかかっていました。 「どうしてA子はこうなったのか?」このこともずっと考えていました。あれやこれやいろんな原因を考え、まわりの状況や人のせいにしようとしていました。 でも無意識のうちに感じていました。「そういうこともあるかもしれないけれど、それが原因ではない。A子を私の思い通りに動かそうとしてきた私の関わり方のせいだ。」と。

当時、私は保護者会の本部役員をしていて、A子が5年生・6年生の2年間の役でした。その真っ只中の不登校。 「こんな、子育てのヘタな自分が役員をしている資格はない。やめた方がいいのでは・・・。」と悩みました。でも担当の先生の「親と子は別なのよ。あなたはあなたの役を最後までやって下さい。」という励ましもあり、続けることにしました。 そして他の役員さんやまわりのお母さん達が、子どものことを特に話題にせず普通に接してくれたのはとてもありがたかったです。気が楽でした。

6年生になり1学期は5月の運動会以外はほとんど欠席でした。担任は持ちあがりでしたが、6年になってプッツリと電話はなくなりました。 毎月1回の参観日には子どもは学校に来ていなくても、私だけでも自分にムチ打って学校に行きました。 6年生なので授業の後、いろんな行事や進学の話があるからです。そして必ず担任にはこちらからご挨拶に行くようにしました。 勉強のことが気になる私に、担任から「Aちゃんの教材を作ります。」と言われた時、素直に嬉しかったのと同時にお忙しい時間を割いて頂くのは申し訳ない気持ちになりました。 結局やはりご無理だったようで「薄い問題集を買ってそれをやらせてみて下さい。」と言われてガッカリしましたが「まあ、これでよかったんだ。」と気持ちを収めました。

 9月からA子は少し登校する日も出てきました。 10月下旬には、学校の大きなお祭りがあり、全校児童の作品が体育館に展示されます。6年生は何人かで一つの大きな作品を作ります。 A子は欠席が多いので、そのグル―プ制作には加われず1人だけの個人制作をすることになったようでした。ある晩、「私、1人なんだ・・・。」と言いながら、自分の部屋に消えて言った娘の寂しそうな後ろ姿に、私は胸をつかれ、かける言葉も見つかりませんでした。 このA子のおかれた状況については想像できましたが、担任からも図工の専科の先生からも何のお話もなく、とても寂しく思いました。

 お祭り当日、我が子の作品を見に体育館へ行きました。 6年生のグループ制作の大作が並んでいる前を恐る恐る進むと、A子のは同じグループの人達の大作のすぐそばに1人分サイズで個人作品として展示してありました。 わかってはいたけれど、「ああ、本当に1人なんだ・・。」と、現実をつきつけられ、「わーっ!!」と泣きだしたい衝動にかられました。もし、まわりに誰もいなかったら、そうなっていたと思います。かろうじてこらえ、やっと立っていました。 娘は学校や家で少しずつ作業を進め、ここまで仕上げたんだなあ、そしてちゃんと展示してくださったんだなあ・・・などと思っていました。

 11月の末の四者懇談の時、ここで初めて出席日数のことを言われました。 「あと、120日来てくれなきゃダメなんです!」と。 ここでも担任と私の間で感情的なやり取りがありましたが、本人を交えての話し合いの結果、「どんな形でもいいから、毎日登校する。」ということになりました。 とにかく卒業させてもらえなかったら、と思うと不安で私も毎日車で送迎し母子で努力しました。

 その少し前、A子と同じクラスの子のお母さんから桜井先生の存在を初めて教えてもらいました。 それで月1回の夜の「いっぽ&一歩の会」の勉強会に勇気を振り絞って参加し年が明けで、6年生2月から桜井先生のご指導を個人的に受けるようになりました。 桜井先生の提示して下さるルール(何時までに起きなければ自立で登校する。母は車で送らない。)を守る努力をしていた頃のことです。 ある朝、A子が予定通り起きず、でもその日の卒業関連の行事に是非とも行かせたかった私はとても焦り、桜井先生に例外を認めてもらおうと電話をかけました。 案の定先生のお返事は「No!」です。更に必死に訴えかける私とは真逆の冷静さで、先生は「お母さん、Aちゃんを一生かかえたいのなら、そうして下さい。」(それはイヤだ・・・。)先生の言葉に従うほかありません。 もう私は苦しくて、苦しくて、うちを飛び出し、芦田川べりを寒風吹きすさぶ中、ただひたすら歩きました。先生はまるでビクともしない壁、大きな固い壁のようだと感じました。日頃、先生から「お母さんはこういう時、子どもの壁にならんといけん。」と言われていましたが、今は先生が私に対して大きく頑丈な壁になっているのだ、と気づきました。 そしてさらにA子も最近、私という壁にぶち当たって感じる、思うようにできない悔しさ、苦しさはどれほどだろうかと、思い知りました。

 後日また卒業関連の行事があり、A子は終りの挨拶を担当することになっていました。なんとその日も明子は決められた時間までに起きようとしません。 私はとてもガッカリしながら、自分の用事に出かけて行きました。とうとうそこへ担任から電話がかかってきました。「Aちゃん、来てくれないと困るんです!お母さん、連れてきて下さい。」と。 「私は、今どうしても行かれないんです。多分A子は自分でバスに乗って行っていると思います。もうすぐ付くと思います。」と、もう祈るような気持ちでした。 「あ、来ました!来ました!走って来てる。」と担任の嬉しそうな声。ああ、良かった。A子は私が出かけた後、1人で頑張ったんだ!と私もとてもうれしかったです。 本人にとってはチャレンジだったと思いますが、このようなことを一つ一つ経験して言ったことは、今本人にとりしんどいこと、イヤなことがあっても逃げたり諦めたりせず、乗り越えていかれる力になっていると思います。

 最後になりましたが、私が苦しい時「一歩&いっぽ」の会の人たちが思い出され、苦しいのは私だけではないんだ、みんな頑張っているんだ、と思うととても励まされました。 「一歩&いっぽ」の会には本当に支えてもらいましたので、これからは恩返し。今そんなお母さんがおられたら、会にお迎えしみんなで話を聞いたり一緒に考えたりしていきたいと思います。関心のある方はどうぞおいで下さい。 その後、A子は大学に行くために親元を離れてからしっかりしてきたと思います。そして今は社会人として1人暮らしをして頑張っています。


 

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